「嵯峨本活字書体の魅力―嵯峨本プロジェクト制作『嵯峨本フォン・プロトタイプ』を使って―」
@関西大学博物館

 

 

■関西大学非常勤講師:林進先生
ウィリアムモリス「美しいものは建築と書物」
角倉素庵*1:自分の好きな本を好きなようにつくった→嵯峨本

*1:すみのくら そあん、元亀2年6月5日(1571年6月27日)〜寛永9年6月22日(1632年8月7日)

 

■元近畿大学中央図書館館員:版本書誌学研究:森上修先生

伊勢物語、徒然草、百人一首について
嵯峨本の定義は非常に難しい、定義についての厳密な部分には触れない。
嵯峨本の前の時代の話をしようと思う。
藤原正家*2が日本の活版技術に大きく寄与したのでは。
吉田宗恂*3が文禄〜活字によって医学書を出版。

どこに頼んでいたのだろう?
造本工房(角倉書房のようなもの)をつくって、出版していたのでは。
これが後、慶長7~8年ころからのさまざまな嵯峨本の拡大に繋がるという仮説。

原寸大に復元した文字を使用して研究すべき。(木村先生)
この原寸大のコピーを文字毎に短冊状に切っていって、台紙に貼っていく。
それらを50音順に並べたり、字種別に並べたり、活字のコマ別に並べたりして分類した。
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活字のつくりかたの問題:400年前の活字のつくり方について。一般的には活字を作るときには版下を使うが、古活字をつくるときは「版下」は使わない。

李朝活字と日本の活字では組版が全く違う。

*2:ふじわら の まさいえ、万寿3年(1026年)〜天永2年10月12日(1111年11月14日))は、平安時代後期の貴族・学者。藤原北家真夏流。官位は正四位下・右大弁。

*3:よしだ そうじゅん、永禄1年(1558年)〜 慶長15年4月17日(1610年)安土桃山時代の医者。初名は光政、孫次郎、号は又玄子。はじめ豊臣秀次に仕え、後陽成天皇の病気に献薬して奏効し、襲称していた意庵を勅によって意安と改め、法印に叙せられた。のち徳川家康に召され、隔年東下して家康の好んだ本草研究にも協力した。博識の人として知られ、南蛮船によって珊瑚枝がもたらされたときも、侍医のうち宗恂だけが名称、産地、採取法を答え、これを称賛した家康がその1枝を与えたと伝えられる。また家康の命で紫雪(鉱物多味配合薬)を作り、諸侍医もこれにならった。京都で没し、嵯峨二尊院に葬られた。<著作>『歴代名医伝略』『本草序例抄』<参考文献>京都府医師会編『京都の医学史』

 

■多摩美術大学 永原康史先生
専門はグラフィックの中でもタイポグラフィ
嵯峨本フォントプロジェクトについて
2000年にフィラデルフィアの本阿弥光悦の展覧会に関わっていた。具体的には光悦の書体をデジタル化する事に関わる。その頃から嵯峨本にかかわっていこうという思いに。

1600年頃に活字を使っている、ひらがなを活字でつくって出版した人がいるという点が非常に驚き。嵯峨本の書体をつくるとなった最初に、すでに研究している人にコンタクトをとろうと、『嵯峨本の印刷技法の解明とビジュアル的復元による仮想組版の試み』を研究している鈴木広光さんへ。

嵯峨本は日本最初の民間出版物
王朝復古の文化(日本のルネッサンス)

文字の選定や制作の過程について
・筆で書かれた字なので(嵯峨本をお手本にして)筆で書くことからスタート
・筆で書いたものをスキャンして、見比べてディティールを見比べる
・文字がだいたいできてきたら、壁一面に張り出して文字を選定する(壁にはりだした文字に白いシールを貼って、つくるものを決める、投票?)
→伊勢物語の一段と九段が組めるものに

 

■字遊工房代表取締役 鳥海修先生
・文字を作る会社、遊明朝、ゴシック、ヒラギノなどを制作
多摩美出身、元々は車のデザイナーになりたかったが、落ちてしまってグラフィックに。当時授業で毎日新聞の見学にいき、小塚さんの文字制作の現場を目の当たりに。いままで自分のやってきたレタリングとは違い、とても美しく感銘を受けた。そこではじめて文字を創る人がいることを明確に意識した。
個人的な偏見かもしれないけど…グラフィックデザイナーはデザイナーとしての個を主張したがるが、活字を制作するひとは、逆に個を面に出さない。
小塚さん「文字は水であり米である」

 

嵯峨本プロジェクト
嵯峨本フォント・プロトタイプはどのようにして生まれたか

永原さんがほぼ話してくれたけど、補足をします。
1ヶ月に1回集まって作業をしていたけど、なかなか進まない。
伊勢物語の版面を、どの文字が連綿されているかを分析していく。
赤いラインで活字の切れ目に区分けをしていく。
(嵯峨本の特徴のひとつに、連綿された文字がひとつの整数倍木活字になっている。2倍角、3倍角など…なので行頭、行末がそろうという非常に綺麗に組める)
その後一文字ごと、字種ごとに並べ替えて、比較。
同じ文字だけど異なる字体は、各々制作する、などの方針を決定。

一般的な仮想ボディは、1000×1000メッシュだが、嵯峨本フォントでは1000×887メッシュで文字を制作した。扁平になっている。

森上先生が言われていた「嵯峨本活字には版下が無い」というのは…僕がやっていたのは整合しない?個人的には嵯峨本は印刷があるのではと考えてもいる。

鈴木さんからの画像を
白黒2値化して、それを版下とする。ただし、かすれなどによって綺麗な輪郭がとれない。
→上記を印刷して、筆を用いて「抜け」を修正した
それでもがたがたしているのでアウトラインとりづらい(筆の筆致を残しながらも、綺麗なアウトラインになるように…)

でも「綺麗になりすぎる」、のっぺりしてしまうのは気になる。
印刷によって、たまりやかすれがある、というものが文字の印象に厚みを持たせているのかもしれない。

1倍角の「し」は無い、「志」になっている。がプロトタイプでは1倍角の「し」を追加。
OTFにリガチャ機能をオンにすると、連綿が自動的に反映される。

日本の明朝体は、明治の初めに印刷技術を宣教師が伝えたとされる。それ以後日本の書体は明朝体一辺倒になってしまう。それまでの連綿体は廃れていってしまう。確かに合理的だが、正方形だけの文字ではなく、一度嵯峨本の
かな、というのは明朝体では完全に表音文字として使われているが、嵯峨本などの連綿体では、「ひと」というものが「1文字」で表現されていた。書く人の思いや感情を表現できるタイポグラフィになるのではないか。

 

■多摩美術大学 永原康史先生
タイポグラフィとは、文字をつくる(タイプフェイスデザイン)、と文字と使う(タイポグラフィ)という2つ大きく分かれる。僕は、嵯峨本のフォントを使いたかった。(鳥海さんが創ってくれた)

文字というのは不便で、フォントは展示できない。
紙とインクによってしか形に現れてこない。
言葉を使う方法は文字と声。
→文字を展示できる様にしないといけない。個人的な解釈を入れずに再現をするというアプローチをとった。

まずは伊勢物語の国会図書館版を元に再現しようと。
嵯峨本フォントのプロトタイプは打っていくと、自然にリガチャで連綿してくれる。…が「何らかの法則性」に則って連綿であったりそうでなかったりしたのでは。その点が一番興味があったところ。
そもそも筆で書くのであればその行為は身体的なものであり、個別的な事例(法則性が無い)のも考えられる。
一方、活字を組む場合はその身体性との乖離があるため、なんらかの法則があるだろうというのが自分の仮説。(いろんな研究者に聞いても「わからない」という返事。)

大きな和紙に刷った。それはシャープなエッジで大きくしたこの嵯峨本のフォントを誰も見たことが無いから。二三判(2×3尺:約606×909mm?産地により異なる模様)という和紙(このサイズまで和紙を漉いたことがあるため)埼玉県の小川町という和紙にした。(美濃和紙と迷ったが、東京での展覧会なので埼玉のものにした)濃度を調整し、薄墨のような濃さに。

嵯峨本フォントの美しさは、連綿でありながら、数理的な書体であること。
デジタル化したことによるシャープなエッジである点も新しいのでは。
アウトライン化したため、データとして様々に展開できるのでは。

木活字からつくった書体を、デジタル化してもう一度木活字に戻してみよう、とレーザーカッターによって木活字を再現。これもデジタルフォントにしたからこそ出来たこと。
木の種類はどうしよう、厚みや組むための枠は…などさまざまな周辺の要素を考慮する必要があった。
色々当時の組版を調査した。(駿河版の摺版など)
ただ、どうしても捨てきれないのはグーテンベルグ式の、「組んで紐で周りを縛る」という方法。今でもこっちなのでは、という思いもあるが日本には残っていないので…(キリシタン版はこっちらしい)

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自分としては90年代初頭からデジタルによる、新しいテクノロジーで本をつくるという事をやってきて、先達として、素庵がニューテクノロジーで民間の出版を行ってきたのはとても共感を感じる。

日本語のデザイン、その後
永原さん著『日本語のデザイン』『デザイン・ウィズ・コンピュータ』
デザインとは色、形、文字という3つの要素がある、がこの『デザイン…』では文字のことを書かなかった。なぜなら当時本阿弥光悦について知り(冒頭の話)明治以降の日本の活字について疑問があったため。

他にも様々な関連する活動を行っていた。文字の形が前後の文字によって変わるという「フィンガーフォント」(2010-2012)フォントベンダーとの共同制作。漢字を従属したかな書体、4ウェイトに書体のの異なった漢字を採用。OpenTypeの「前後関係に依存する字形」機能を搭載した初めてのフォント。

iFontMakerによる字母の制作の話、このソフト良く出来ていて、手書きで書いて送るとTTFに変えてくれる。前後の文字によって形が異なるというのは、「手書きの文字」の時に出てくる特徴で、なのでiFontMakerでつくった手書きのもののほうが創りやすいだろうと、して試した。

前後のつながりによって字体が変わる、というのはどういう法則があるのか。(→組み合わせのバリエーションをマトリクスで制作)全体のかなを6コマの枠の中に入れ、書き出しと書き終わりというグループに分類した。これらグループ同士の組み合わせで、文字が変化するというルールにした。

嵯峨本の持っている魅力を未来に照射していくことが、日本の文化にとって重要だと考えている。

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